作りながらデザインする。
居間に通されたとたん、みんなが目を丸く、もしくは白黒、もしくは両方させた。
吹き抜けの広い空間に設えられた、とてつもなく大きなガラス窓。その向こう側には森が広がっていた。眺める限りもともと生えている木のようだけど、すべて家を建てた際に植樹したものだという。なので厳密には庭ということになるが、そう呼ぶにはあまりにも広く、やはり森そのものだ。
「クリの木も、アケビのつるも、ヤマモモの木もみんなある。小さい頃、遊んだ森を再現したくてここを作ったんです。人生は一回限りなのに、自然への思いが強すぎて、2回も体験している」

と言い、ガッハッハと笑った。その豪快な笑い声をこのあと何度聞いただろう。
高級ホテルや旅館、海外の有名ブランドまで。さまざまな建築の内装や家具を手がけるだけでなく、重要文化財の復元にも携わる戸沢忠蔵さん。まさに“現代の名匠”にふさわしい威厳は感じさせる一方、いたって気さくでユニークな面も持ち合わせる。無礼を承知で言えば、なんともチャーミングな人なのだ。
「(ゲゲゲの鬼太郎の)おばけの学校ってあるじゃないですか。私、そこを首席で卒業したんです。勉強も宿題もない、なんて。ガッハッハ」
出身は青森。世界遺産になった白神山地のあたりで幼少期を過ごした。学校の勉強が苦手だったので、ひたすら海や山、川で何かを作って遊んでいた。ただそれは、よくよく考えると今の自分の感性や価値観を育む大切な時間であり、まさにおばけの学校のようなところ。これだけ遊べば、首席がとれるくらいの体験だっただろうと戸沢さんは言う。
たとえば、ある時はフィッシングの剣を作ろうと、森を探検してしなる木の枝を探し、友達とどっちがかっこいいものができたかを競い合った。またゴムパチンコを作った時は、きちんとシンメトリーになるよう、丹念にナイフを動かした。
これが氏の真骨頂である「作りながらデザインする」始まりだった。

のっけに戸沢さんは、「肩書きを『エンジニアデザイナー』としてもらいたい」と言った。職人や工芸作家ではなく。いわく理由は「今はほとんど弟子が作っているから」と、もうひとつ。文字通り「デザインするエンジニアだから」。

「私はナイフ一丁で何でもできると思ってる。定規もいらない、図面もいらない、フリーハンドでやる。作りながらデザインする。それが一番得意で、一番楽しい」
小さい頃、まわりの人たちに「見えないものが見える」と言われていた。その心はイマジン、そう、想像力だという。物を作る時、すでに頭の中で、全てのかたちができあがっているのだ。
そうして鍛えた経験とイマジネーションを携えた上で、社会に出て改めてデザインの勉強をした。
やはりそうだ。ほぼ自分がやってきたことの確認だった。と、戸沢さんは思った。
竹という素材。
長らく「木」を使ったもの作りをしてきた戸沢さんだが、7〜8年前に「竹」と出会った。きっかけは熊本にある、数万本という竹林と共存した古民家を生かした、ミシュラン5つ星の高級宿「竹ふえ」。ここのレストランで使う、竹の器の制作をプレゼンして製作した。
ここで改めて竹という素材と向き合ったところ、なかなかもって一筋縄ではいかないことが分かった。

性質上、竹はすべての組織が軸方向に平行に並んでいるため、繊維方向への偏った強度がある。さらにものすごい柔軟性がある分、曲げてカゴなどを作るのには適しているものの、木のように自在に加工するには、実に厄介さが増す。

もともと節も勾配もあるゆえ、木材のように上下でしっかりと固定することができない。そこである一部分だけを挟み、宙に浮かせて加工することになる(戸沢さんはそれを「空中加工」と呼んでいた)。無理に負担をかけると、パーンと吹っ飛ぶ危険性だってある。なので一気にせず、できるだけ工程を分けて細かく、少しずつ。また各工程ごとに、専用の型や道具が必要となってくる場合もあり、何かの「もの」を作ろうとすると、その「型」をいくつも作ることもざらにある。

もとの素材は、どこまでも自然。それをできるだけ生かしながらデザインをする。ただやりすぎると民芸調になるため、モダンデザインとのバランスを考慮し、いい塩梅に着地させることを心がけた。また竹は使い方や加工の仕方によって色が変わり、中は白になる。シルバーのように光ってみえる。これがいい。
また表面をサンダーで削る際は、絶妙な力の入れ具合が肝。コツは角度を残しながら、攻めきること。それによって、表情がてきめんに変わる。大切なのは大胆さ。そう、人生のように。

うまくできた時は、あたかも山の稜線を象ったようになる。竹ふえの主人に「阿蘇の山のようだ」と言われた。
そういう意味では陶芸家のそれに近いけれど、決して芸術品を作っているわけでない。使う人のことをとことんまで配慮されている。どの状態で、どこを持って、どう使うと、どういいのか。すべては使う人のことを想像すると、自然と美しいかたちが仕上がっていく。

ものを作るために、機械を作る。
現在竹の加工を引き受けているのは、屈指のベテラン職人、宮本さんと山本さんだ。しかも山本さんは、なんと型のみならず、機械まで手作りした。

からくりボックスよろしく、組み替えたり動かしたりしながら、さまざまな加工に対応する。これを昼休みや就業後の時間を使って、コツコツこしらえたという。まさに発明品だ。大変じゃないですか?と聞くと「私は喜んでやってます」と言い、ニカッと笑う。
「大事なのは考えることです。ボーッとしてちゃいけない。だいたい2時半に目が覚めて、あれはどうしようとか、こうすればいいやーとか、ずっと考えてしまう。けっこうひらめきが必要なわけです。あと金具は全部ブロンズにしました。チャカチャカしてると品がないじゃないですか。見た目もちゃんと気にするってことです」
そんな信用できる職人たちとともに、プロダクトを作っている。

経験と自然の尊さ。
戸沢さんは20代の頃は一クラフトマンとして経験を積んでいたが、1977年に独立し、自身の工房を立ち上げた。

工房を訪ねると、そのようすは想像以上に広く、多くの職人たちが黙々と働いていた。若い男性がほとんどだが、ベテランも女性もいる。2階にはひとりにひとつ、パーテーションで仕切られた作業スペースがあり、それぞれが使い込んだ美しい道具を壁や棚に収納している。ブースによって種類や並べ方が少しずつ違って、個性が出るのが面白い。

戸沢さんいわく、今は一人前の職人になるためには、10年近くかかるという。そんな彼らにいつも口を酸っぱくして言っていることがある。それは、最後に明日の準備を必ずすること。
「しまう時には、ちゃんとし“いいしまい方”をする。明日のための仕事をきちんと考えて、その段取りをしてから帰る。今日の終わりじゃなく、明日のための終わりでなきゃだめ」

そういう心の積み重ねが、結果的に技術の積み重ねになると。「いかに経験が尊いか。しかも本当に本気になってやる。その努力は、計り知れない」それは自身への実験であり、問いかけでもあった。「作ることばかり考えていると論理が生まれる。すると言葉も生まれるし、新しい発見っていうのは常に起きる」
そうしてコツコツ積み重ねていくうち、78歳になった。いわく、今が絶好調だという。

「今が楽しくてしょうがない。40代はここまでアイデアが出ることなかったけど、今はバンバン出る。どんどん出る。戸惑うことなく、ますます冴えてくる。この仕事やっていて今、本当に幸せを感じる」
そして「カッコいいとは何か?」という話になった。

「私が勝手に思ってるいるのは、カッコいい=フレッシュってこと。今まで見たことがない。驚きがフレッシュ。そしてフレッシュでいるためには、頭を使わないといけない、能力を使わなきゃいけない。これ以上使うとおかしくなる?いや、もっとハッピーになる。楽しく、面白おかしくなる。これもおばけの学校で教わったこと」
そう、教えてくれたのはすべて自然だと。

「自然って、まるごと本当に尊いし、計り知れない。無限大って言ってもいいくらい。自然をきちんと見ていれば、変化がどんどん見えてくるし、なるほど、こういうことなんだこれは間違いないと思える」
みんな携帯ばかり見てるでしょ。空の青さも夕陽も見ない。雨もちゃんと見ると美しい。そういうどうしようもなくこみ上げる気持ちを、ひとつの感性と思ってなきゃいけないんじゃないかな」
背後の森には夕陽が差していた。

PARKERとの出会い。
PARKERと戸沢さんの出会いは、1本の電話からだった。
相手は仲介をしてくれた方からで「戸沢さんという素晴らしい方がいて、ぜひお引き合わせしたい。洗練されていて、空間もスタッフも風通しが良く、居心地がいいPARKERという場所で、ぜひ彼のプロダクトを見てみたい」という内容だった。

さらに「彼のプロダクトのなかには、まだ世に出しきれていないものもあり、このままだとあまりにももったいないので、それらをお披露目する機会にしたい。その技術を後世に残したい」という気持ちもあるようだった。その熱い言葉に感銘を受け、戸沢さん本人と会うこととなった。

衝撃を受けた。
最初に心を奪われたのは彼の作った家具だった。あまりの素晴らしさに、いいね、という言葉ではもはや足りないほどだった。また「どうやって作っているんだろう」と同じデザイナーとして、すこぶる興味が湧いた。さらには、戸沢さんの人格にもとことん惚れ込んだ。そして建物が立て壊される直前、代々木公園のPARKERとしては最後となる展示会をやろう、そう決意した。

そうして迎えた、2度めの来訪時。戸沢さんはあの豪快な笑い声とともに、両手を広げて歓待してくれた。リビングの大きなテーブルには、これまで見たことがなかった竹のプロダクトがずらりと並んでいた。
「さぁ、気に入ったものがあれば何でも選んでください」少年のような得意げな表情で戸沢さんは言った。




それから、彼が作ったというスピーカーで、みんなで音楽を聴くことになった。
タイトルは「I love you EARTH」。リビングいっぱいに響き渡る美しくメロウな曲に、みんなで黙って耳を傾ける。
出会えてよかった。この時、改めてそう思った。

